他愛ない話を延々と

メンタル弱めな30代の果てしない戯言です

快の感覚に鈍感な30代の可能性について。

私はずっと自分が自分で居られなかった感覚がある。

何か足りないという思い。でもそれが何かはわからなかった。人としての欠損だと思っていた。小さい頃から何かと人とずれることが多かった。

それは考え方の問題ではない。むしろ考え方は他人に合わせることが上手だった。でも身体の感覚を合わせられなかった。性別すらしっくりこないことに非常に悩んだ時期もあった。

そもそも、どうも身体そのものにしっくりこない感じがあるのだ。それは大人になった今もそうである。

表現するのがとても難しいのだが、身体感覚が思考に追いつかない感じである。見た目は生のお刺身なのに食べてみたら砂糖菓子…いや、あんこのような味がする、とかそういう違和感を日常生活の些細なことで何度も覚える。これもまたピッタリくる表し方ではないのだけど。

 

具体的にいうと、まず痛みに非常に鈍感である。全く感じないわけではないのだが痛いという感覚がいまいちわからないことがあり、小さな頃から特定の部位の皮膚を血が出るまでむしることが多かった。癖になってしまったのもあるしやめなさいと言われても難しかった。

その後思春期に差し掛かってその癖は自傷癖となって現れることになる。

 

快の感覚はいよいよわからない。胃が破裂するかと思うまで食べる過食で感じる感覚を「満腹」と勘違いしている節がある。セックスで感じる快の感覚も今ひとつピンときていないところがある。睡眠に関しては10代の頃から強烈な眠剤に頼っている。薬のその強度をもってしても「眠気」は訪れず脳に毎日電源ボタン長押しの強制終了をかけてシャットダウンしている感じだ。でも疲れるし、うとうともする。どれをとっても「わかりそうでわからない」ところがポイントである。

五感で感じる幸せ・快楽の部分がなよなよしている感じだ。心許無く、頼りない上に人と親密なコミュニケーションを築きづらい。食事でも性生活でも眠さの感覚でもなんでもいいのだが身体感覚の部分での共感がないまま「あるある話」みたいなのに乗っているときが一番つらい。

全くわからない、と言い切れる状態ならば何かしら支障をきたしているという意味でどの分野でも医者に罹ることができるだろう。しかし「なんとなく」はわかるのだ。

 

この問題に関しては私は二、三歳児期の過ごし方が大きく影響しているように思っている。

私には弟がいるのだが、私が物心ついた頃には母親のお腹にすでにいたので唐突に「お腹に乗らないでね」のメッセージを受けるようになった。束の間の私の居場所は唐突になくなり、私は以後母に抱っこしてもらった記憶を全く思い出せない。情景としても身体の感覚としても。

人と皮膚が触れそうになると「まずい!触れてはいけない!」と瞬間的な反応で身体が離れてしまう。考えてやっているわけではなく、自然と危機感を持ってそう反応するようになってしまっている。

学習とは恐ろしいものだ。

聞くところによると、母親が弟を身ごもる以前に私は九ヶ月くらいですでにハイハイを終えおむつも取れていたとのことである。これは割と驚異的な早さである。あるといえばあるのだろうが、少しだけ保育を勉強でかじった身としてはぜひともゆっくり子どものペースで進めたい発達段階だ。生涯にわたっての人格形成に関わる重要な時期である。

弟ができたことによって母親と身体が触れ合う機会がなくなったこと、自分のペースか大人のペースかはわからないが早期に排泄欲求をコントロールすることを学習し覚えてしまったこと、ハイハイ期が短かったために身体のバランス感覚や痛みの感覚を得ないまま歩行を覚えたことなど、充分に身体で感じることを知らないまま成長したことが要因のひとつなのではと考えている。

それが合っているかどうかは別として。

それを大人になった今、なにかしらの形で得ていくことはできるのだろうか。

あるいはそこが不完全なまま、それが自分なのだと認めて今感じられる精一杯の心地よさを感じていくことを続けるのだろうか。

少し前までだったらその疑問をネガティブに、投げやりな感じで自分に投げかけていただろう。

しかし今はそうではない。これからでも得られる。そして、不完全な自分でも自分自身が受け容れ、今にできるベストな心地よさを感じ切ることはできると思っている。

それらは両立できるし、私はまだまだ自分の可能性を信じている。

そんな自分を格好良く思う「快の感情」は我ながら非常に良い感じで持てている。

自分で自分に対して良い捉え方をする。

からだの感覚が後からついてくることもあるだろう。

こころの準備はいつでもバッチリだ。